【エリック】
「本日は、お嬢様の運命の輪が回り出す日です」

【コレット】
「……え……?」

【エリック】
「そして恐らく、お嬢様の感情が
動き出す日でもあるでしょう」

【コレット】
「……意味がわからないわ」

そんな、まるで私が無感情な女の子みたいな言い方、
ちょっと失礼だわ。

不機嫌な様子の私に気がついているはずなのに、
エリックは続けた。

【エリック】
「……哀しくて泣いた日のことを思い出せますか?」

【コレット】
「……?」

突然の質問に面食らいながらも、
私はここ最近の出来事を思い出してみた。

【コレット】
「……最後に泣いたのは、半年前だわ。
大好きだった小説の主人公が、死んでしまったの」

【エリック】
「では、怒ったことは?」

【コレット】
「……先週、ましろがテーブルの上に飛び乗って、
お気に入りの、スノードロップの花の刺繍がされた
ナプキンを破いてしまった時に怒ったわ」

【エリック】
「嬉しかったことは?」

【コレット】
「……今朝食べた焼きリンゴのアイスクリーム載せが
おいしかったの」

【エリック】
「そうですか」

にっこりと、エリックが笑う。

【エリック】
「お嬢様のこれまでの感情は、
誰かに影響された物ではありませんよね」

【コレット】
「どういう意味?」

【エリック】
「相手が何を考えているかわからなくて不安で、
哀しくて眠れなくなったことはありますか?
些細な言葉に傷付いて、泣いたことはありますか?」

【コレット】
「……ないわ……」

【エリック】
「誰かが投げた、さりげない視線に胸が高鳴り、
その人のことを考えただけで物が
喉を通らなくなったことは?」

【コレット】
「……それも、ないわ」

そこでふと気がつく。

私は今まで、誰かと感情の
ぶつかり合いをしたことが一度もない。

いけないことをすればエリックは叱ってくれたけど、
決して自分の感情で怒ることはしなかった。

それは他の使用人さんたちにも言えることで、
私は誰かの赤裸々な感情を見せられたことはないし、
誰かに見せたこともない。

この恵まれた環境の中では、哀しむ必要も、
怒る必要もなかったから。

今までに読んだ沢山の本たちのお陰で、
そういった感情があることは頭では知っていても、
心で感じたことがあるわけじゃなかった。

【エリック】
「率直に申し上げますと、
お嬢様は同じ年頃の一般の女性と比べると、
あまりにも経験が少なすぎるのです」

【コレット】
「……そう、ね。きっとそれはそうだと思うわ」

私は否定しなかった。

だって、このお城から殆ど出たことがないんだもの、
仕方ないわ。

同じ年頃の子がどんな日常生活を送っているかは、
想像することしかできないけど、私は自分が
特殊な環境にいるってことは十分理解している。

【エリック】
「感情とは、誰かと触れあい、何かを経験することで
生まれる物です。お嬢様にはまだ経験したことのない
感情が沢山あるはずです」

【コレット】
「これから、私がそれを経験するというの?」

【エリック】
「……恐らくは」

エリックの声に被さるように、雷鳴が轟く。

その音は私の体の中心にまで響き、
不安の種となって心を揺さぶった。

今日、何が起こるのか本当はとても知りたいのに、
聞いてしまうのが怖い。

【エリック】
「強くおなり下さい、お嬢様」